~子育てアドバイス~

『「叩いてごめん」から始まる、本当の子育て』

「子どものころ、お母さんは私のこと叩いたでしょ!」

大学進学で家を出る前の晩、誰もいない居間で、長女がふいに口にしたひと言。
そうだった……。ずっと昔のこと。でも私はたしかにこの子を叩いたことがあった。

今になって思う。どうしてあんなにイライラしていたのだろう。
どうして、こんなにも愛おしいこの子に、手をあげてしまったのだろう。

たぶん私は、初めての子育てに必死で、「ちゃんとした子に育てなきゃ」と思い込んでいたのだと思う。

「ごめんね。叩いたりして……本当に未熟なお母さんだった」
そう言って、私は素直に謝った。すると娘は、悔しそうな顔でこう言った。
「あのときの痛みも、お母さんの鬼みたいな顔も、私は一生忘れない。お母さんのこと、一生恨むからね」

胸がぎゅっと苦しくなった。そう言われても仕方がない。自分のしたことだから。
私はずっと、あの日のことを後悔していた。「いつか謝らなくちゃ」と思い続けていた。
それが、今なのだ。このタイミングを逃してはいけない。
今ここで、ちゃんと謝らなければ。このままだと、私たちはずっと心のどこかで苦しんだまま、前に進めない。
それだけは、絶対に避けたい。

「本当にごめんなさい」私は娘の目を見て、深く頭を下げた。心の奥から湧き上がる気持ちをそのままに、私は続けた。
「たとえあなたが一生お母さんのことを恨んでも、私はあなたを一生、愛していくよ。お母さんは、あなたのことが大好きだよ」

娘は泣いていた。私も泣いた。
その涙は、ずっと胸の奥で凍りついていた想いを、少しずつ溶かしてくれるようだった。

しばらくして、娘は何かを振り切るようにこう言った。
「もう、許してあげる……。もう、許しちゃったい!」そう言って、自分の部屋へと戻っていった。

私はその背中を見つめながら、心の奥にあった氷のかたまりがすーっと溶けていくのを感じていた。
心から、あのとき謝れてよかったと思った。

親だって、完璧じゃない。間違えることも、失敗することもある。私は娘を叩いてしまったことを、ずっと悔やんでいた。
「いつかちゃんと謝ろう」と思いながら、その機会をつかめずにいたのだ。

でも、心にけじめをつけたいと思っていたのは、私だけではなかった。娘もまた、同じ気持ちを抱えていたのだと気づいた。

そして翌日。長女は大学生活のスタートのために、家を出ていった。
そのあと、きれいに片づけられた彼女の机の上に、手紙が一通置いてあった。そこには、こんな言葉が書かれていた。

「私を産んでくれてありがとう。お母さんの子どもに生まれてきて、本当によかったです。今まで育ててくれてありがとう」



Design by http://f-tpl.com